全日本選手権でも何度も優勝経験があり、ソチオリンピックでも4位という成績を残すなど、注目のフィギュアスケート選手の1人である宮原知子選手。
そんな宮原知子選手ですが、フィギュアスケート選手の中でも小柄ですよね。
身長や体重がどれくらいなのか気になります。
また、現在大学生である宮原知子選手ですが、どこの大学に通っていて学部は何なのか、調査しました。
宮原知子選手についてのプロフィールを詳しくご紹介します。
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宮原知子の大学学部は?
宮原知子選手は現在、関西大学の文学部に在籍しています。
関西大学といえば、日本国内でも屈指のフィギュアスケート強豪校です。
卒業生には、オリンピックにも出場経験のある高橋大輔選手や織田信成さんがおり、在学中の選手としては24歳で初めてトリプルアクセルに成功し注目されている細田采花選手などがいます。
その強さの秘密は、関西大学が大学専用のスケートリンクを持っているからなのです。
日本国内では関西大学の他に、浅田真央さんや村上佳菜子さんの出身大学である中京大学もスケートリンクを持っています。
大学専用のリンクがあるからこそ、選手たちは好きな時間に空いている環境で自分の練習に打ち込めるのですね。
宮原知子選手は、関西大学に在学中ですが2017年4月にソチオリンピックに専念するため、一度休学しています。
やはり本気でオリンピックに行きたいと思ったら、宮原知子選手にとって学業との両立は難しいことだったのでしょう。
しかし、2018年4月に復学し現在は3回生として関西大学に通っています。
宮原知子の出身高校は?
宮原知子選手の出身高校は、関西大学の附属高校である関西大学高等部です。
小学校は立命館小学校を卒業していますが、中学から関西大学付属の中学校に進学しており、関西大学に進学することを見据えて中高一貫の関西大学中等部に進んだのでしょう。
前述のように、関西大学は専用のリンクを持っていますが、大学生だけでなく付属の中学高校に通っている選手もそこで滑ることができるのです。
中学や高校でフィギュアスケート部がある学校は珍しいですよね。
選手としても、フィギュアスケートに理解のある学校ですから、学業との両立もしやすいのでしょう。
そのため、全日本選手権で活躍している選手も多く通っています。
今は転校してしまいましたが、以前は本田真凜さんも関西大学中等部から関西大学高等部に進学していました。
フィギュアスケート人気はさらに高まっているので、関西大学の付属中学・高校に進学してくる選手もこれから増えていくでしょう。
宮原知子の学力がすごいって本当?
宮原知子選手は、前述のように中学校から関西大学中等部に通っています。
関西大学中・高等部は、一貫校とはいえ偏差値も65前後あります。
また、関西大学も内部進学とはいえ、高い評価を受けている大学です。
そんな学力の高い学校でこれまでフィギュアスケートと両立させてきたのですから、それだけでも宮原知子選手は頭がいいのだということがわかりますね。
それだけでなく、高校生時代には全国の模試で20番以内を取ったこともあるのだとか。
たしかに、宮原知子選手の学力は優秀なのでしょう。
なぜ、練習や試合で忙しい宮原知子選手なのに、高い学力をキープし続けることができるのか、気になりますよね。
そのことについて宮原知子選手は以前、合宿でも試合でも必ず勉強道具を持って行って、空き時間に勉強していることを明かしていました。
ただでさえ練習で疲れるでしょうが、宮原知子選手の真面目さを感じられるエピソードですね。
宮原知子は英語がペラペラなの?
宮原知子選手は学力が優秀なだけでなく、なんと英語もペラペラなのです。
なんと英検2級を取得していますが、驚くことに取得したのは10歳の時なのだそうです。
そのため、宮原知子選手は、国際試合の際のインタビューでも通訳さんなしでも英語で対応することができます。
フィギュアスケートもすごくて学力も優秀、そして英語までペラペラとなると完璧ですね。
宮原知子選手は、幼い頃にご両親の仕事の都合でアメリカ・テキサス州のヒューストンに住んでいた経験があります。
きっとその頃に英語を習得したのでしょう。
宮原知子の身長体重は?
宮原知子選手の現在の身長は152cmで、体重は42kgだそうです。
体脂肪率はなんと9%とも言われており、女性としてはその体脂肪率の低さは少し心配です。
しかし、それだけ鍛えていて食事面でも気を付けているのでしょう。
そんな宮原知子選手ですが、2年前は痩せすぎてしまって宮原知子選手は2017年1月に左足股関節の疲労骨折をしていましたが、その原因として練習のしすぎと、長年にわたる栄養不足で血液状態が悪くなっていて骨密度が低下していたことが挙げられたのです。
また、怪我をした当時の身長は150cm、体重は27kg、体脂肪率は6%だったそうです。
宮原知子選手は、元々細かったので過度なダイエットをしていたわけではないのですが、フィギュアスケートというスポーツは少しの体重増加でもかなり体に負担がかかってしまうのは事実です。
宮原知子選手は真面目なので、普段から体重が増えないようにコントロールしていたと思われます。
しかし、宮原知子選手は黙々と長時間でも集中して練習をすることは有名な話しであり、そのようにハードな練習をしていた結果、摂取エネルギーよりも消費エネルギーのほうが上回ってしまう状態が長く続いてしまったのでしょう。
一部では、栄養管理がなっていなかったとの報道もありましたが、宮原知子選手もアスリートですからそうではないでしょう。
ただ単に、宮原知子選手の練習量からすると食べる量を増やさなければいけなかったのだと思われます。
このような怪我をしてからは、宮原知子選手自身も食に関して以前よりも気を付けるようになったと言い、一度にはあまり食べられないので一食を数回に分けて食べるようにしているのだと言います。
今でも十分細いですが、怪我をする前に比べたら健康的で、演技に力強さも出てきたように感じます。
選手にとって、体重や栄養管理がどれほど大切なのか、わかりますね。
宮原知子と名コーチとの出会いは?
名コーチとは、濱田美栄コーチのことでしょう。
濱田美栄コーチについては後ほど詳しくご紹介しますが、数多くの有名選手を指導しているため、テレビで見たことのある方も多いはずです。
宮原知子選手は、5歳の時にアメリカで初めてフィギュアスケートを始めました。
小学校2年生の時に帰国し日本でフィギュアスケートを再開しますが、その頃はご両親の仕事が忙しく、宮原知子選手のおばあさまが宮原知子選手の面倒を見ていたそうです。
当時はまだ小学校2年生だったので、おばあさまがリンクへの送り迎えもしていたのです。
ある日、おばあさまが宮原知子選手の靴ひもを結ぶのに手間取っていた時に声をかけたのが濱田美栄コーチであり、それが宮原知子選手と濱田美栄コーチの出会いでした。
それがきっかけとなり、今でも宮原知子選手は濱田美栄コーチに師事しています。
宮原知子選手と濱田美栄コーチの出会いの裏には、宮原知子選手のおばあさまがいらしたのですね。
10年以上も師弟関係を続けているのですから、2人の間の信頼関係も固いのではないでしょうか。
宮原知子選手も以前インタビューで「先生がいると落ち着いて演技ができる」と言っていたので、宮原知子選手にとって大きな支えになっているのだと思われます。
濱田美栄プロフィール
生年月日:1959年10月29日
年齢:59歳
血液型:調査中
出身地:京都府京都市
学歴:同志社大学卒
濱田美栄コーチ自身も幼いころからフィギュアスケートとの選手として競技に取り組んでいました。
しかし、現役時代にはそこまで目立った成績を残すような選手ではなかったようです。
同志社大学を卒業してからは、コーチとして京都醍醐FSCと関西大学アイスアリーナを拠点にし、多くの選手を育ててきました。
濱田美栄コーチのこれまでの教え子には、宮原知子選手の他に太田由希奈さんや本田真凜さん、紀平梨花選手や白岩優奈選手、細田采花選手などがいます。
これだけでもわかるように、現在の日本女子フィギュアスケート界のトップ選手たちを数多く育ててきました。
田村岳斗プロフィール
生年月日:1979年5月28日
年齢:39歳
血液型:A型
出身地:青森県八戸市
学歴:日本大学通信教育部経済学部卒
田村岳斗コーチは5歳の頃に仙台でフィギュアスケートを始め、幼いころはトリノオリンピック金メダリストの荒川静香さんも師事していた長久保裕コーチに師事していました。
1997年1月の全日本選手権では2位、同じ年の12月の全日本選手権では初優勝していますので、その実力は認められていました。
また、1998年の長野オリンピックにも出場しています。
2004年の世界選手権後に引退を発表してからは、アイスショーに出演したりコーチとして選手の育成に携わっています。
宮原知子選手との出会いは、田村岳斗さんが濱田美栄コーチのアシスタントを務めることになったのがきっかけだそうです。
現在も、濱田美栄コーチとともに、「チーム濱田」として多くの選手を指導しています。
リー・バーケルプロフィール
生年月日:おそらく1967年
年齢:52歳
血液型:調査中
出身地:カナダ
学歴:調査中
2019年9月に、宮原知子選手がリー・バーケルコーチに師事することを発表しました。
リー・バーケルコーチも濱田美栄コーチと同様、現役時代は有名な選手ではありませんでしたが、これまでの教え子にはオリンピックに出場経験のある織田信成さんやジェフリー・バトルさんなどがいます。
リー・バーケルコーチは、ジャンプの指導に定評があるコーチです。
宮原知子選手も、濱田美栄コーチをメインコーチにおきながら、リー・バーケルコーチにジャンプを中心に指導してもらうようです。
宮原知子の経歴・成績
宮原知子選手は、前述のように5歳の頃からフィギュアスケートを始めました。
幼少期を両親の仕事の都合でアメリカで過ごし、小学校2年生の頃に帰国してからは濱田美栄コーチに師事しています。
宮原知子選手は幼いころからその実力を発揮しており、全日本ノービスや全日本ジュニア選手権での優勝経験があります。
また、世界ジュニア選手権や世界ジュニアグランプリファイナルにも出場しており、日本だけなく世界でも早い時期から注目を集めていました。
2013年にシニアデビューすると、2014年の全日本選手権で初優勝、2015年と2016年にはグランプリファイナル2位、2016年全日本選手権では3連覇など着実に成績を残していきました。
2018年の平昌オリンピックでは代表筆頭候補だったにも関わらず、2017年1月に左股関節の怪我をしてしまい、数か月間リンクを離れざるを得ない時期もありました。
しかし、そこから懸命にリハビリに励み、表現力やメンタル面を強化することに取り組み、復帰した直後の全日本選手権では優勝をつかんで4連覇も達成。
悲願のオリンピック出場を決めました。
初めてのオリンピックとなった、2018年平昌オリンピックではショートプログラムとフリーでミスのない演技もするも、他の選手もいい演技だったため惜しくも表彰台を逃してしまい4位。
その後も現役を続行し、自身二度目のオリンピック出場を目指しています。
まとめ
- 宮原知子の大学は、関西大学文学部である
- 宮原知子は、関西大学中等部・高等部を卒業している
- 宮原知子の学力は優秀である
- 宮原知子は英語がペラペラである
- 宮原知子の現在の身長は152cmで、体重は42kg、体脂肪率は9%である
- 宮原知子が怪我をしていた当時の身長は150cm、体重は27kg、体脂肪率は6%だったそうだ
- 宮原知子と濱田美栄コーチの出会いは、宮原知子のおばあさまが深く関係している
- 宮原知子は怪我を乗り越え、2018年平昌オリンピックに出場するも惜しくも4位
- 現在は二度目のオリンピック出場を目指し、日々練習に励んでいる