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フィギュアスケート

鍵山優真のコーチは父親じゃない?振付師は元アイスダンス選手!

羽生結弦選手や宇野昌磨選手の下の世代でも、日本男子フィギュアスケート界は世界から注目されています。

そんな話題の選手の1人が鍵山優真選手です。

全日本ジュニア選手権で優勝し、推薦で出場した全日本選手権でも3位に入るなど、ジュニアにして世界で戦える力を持っています。

ここまで育ててきたコーチは、お父さんである鍵山正和コーチでしたが、先日のユースオリンピック2020では、鍵山正和コーチが見えませんでした。

新しいコーチ、振付師がいるのでしょうか。

鍵山優真選手のコーチや振付師についてご紹介します。

ぽぷコ
ぽぷコ
四大陸選手権も楽しみ!

鍵山優真のコーチは父親じゃない?


鍵山優真選手のコーチは、正式に「鍵山正和」と記載されています。

鍵山正和コーチは、お気づきの通り鍵山優真選手のお父さんです。

鍵山正和コーチもかつてはフィギュアスケート選手として、日本男子フィギュアスケート界を引っ張ってきた1人でした。

その息子である鍵山優真選手が、フィギュアスケートを始めたのも自然な流れだったのでしょう。

コーチというものは、選手の練習の時だけでなく、試合にも帯同し、フィギュアスケートであれば演技後のキス・アンド・クライにも一緒に座って点数を待つ、というのが普通の光景です。

しかし、鍵山優真選手の試合の様子を注意深く見てみると、鍵山優真選手を試合の時にリングサイドで送り出しているのも、キス・アンド・クライに一緒に座っているのも女性の方ですので、鍵山正和コーチではないようです。

登録は、鍵山正和コーチとありますが、実際は違うコーチが指導しているのでしょうか。

実は、これには事情があったのです。

まず、鍵山優真選手のコーチが父親の鍵山正和コーチであることはたしかです。

しかし、鍵山正和コーチは現在お身体の具合が良くなく、身体が不自由なため、海外試合や国内でも遠方への試合には代わりのコーチが帯同しているようです。

鍵山正和コーチのお身体の具合については後ほど詳しく見ていきましょう。

このように、鍵山正和コーチは鍵山優真選手のコーチで、普段は鍵山優真選手のホームリンクである横浜銀行アイスアリーナで指導を行なっています。

海外遠征や国内でも遠方での試合の際には、同じく横浜銀行アイスアリーナで専属コーチを務めている佐藤操コーチが帯同しています。

佐藤操コーチは、鍵山優真選手のプログラムの振り付けなども行っていますので、お互いに信頼関係もあるのでしょう。

普段から同じリンクにいるコーチでしたら、鍵山正和コーチも安心して預けられますよね。

このことから、鍵山優真選手のコーチはお父さんである鍵山正和コーチですが、遠方での試合のみ振付師である佐藤操コーチが帯同している、ということがわかりました。

鍵山優真のコーチ父親の経歴


鍵山優真選手のお父さんであり、コーチでもある鍵山正和コーチも昔はフィギュアスケートの選手として活躍していました。

鍵山正和コーチが何歳の時にどんなきっかけでフィギュアスケートを始めたのかについて、残念ながら今のところは詳しい情報は公開されていませんでした。

1971年に愛知県名古屋市に生まれた鍵山正和コーチは、名古屋市でフィギュアスケートを始めました。

その後、1991年からは全日本フィギュアスケート選手権で3連覇を達成しています。

元フィギュアスケート選手で以前はフィギュアスケートの解説者として活躍していた五十嵐文男さんは、鍵山正和コーチのスケートについて「膝と足首が柔らかい選手」と評価していました。

トリプルアクセルも3回転+3回転の高難度ジャンプも跳んでおり、本田武史さんが台頭するまでの日本男子フィギュアスケート界を引っ張っていた方でした。

オリンピックにも、1992年のアルベールビルオリンピックと1994年のリレハンメルオリンピックに出場していましたが、入賞には一歩届かず悔しい思いをしています。

現役を引退した後は、一時期日本で唯一のフィギュアスケートショーチームである「プリンスアイスワールド」にも出演していました。

また、コーチとして若いフィギュアスケート選手の育成に力を注ぎ、これまで富山スケートセンターや風越公園アイスアリーナでコーチを経験し、現在は横浜銀行アイスアリーナで専属コーチとして活躍しています。

横浜銀行アイスアリーナには、鍵山優真選手のほか青木祐奈選手なども練習拠点にしていますので、今後さらに上手な選手が移籍してきそうですね。

鍵山正和コーチも、今までよりもコーチ依頼が殺到するかもしれません。



鍵山優真のコーチは病気だったの?

鍵山優真選手に注目していると、2019年の全日本ジュニア選手権や全日本選手権でコーチでもあり父でもある鍵山正和コーチの様子で気になることが出てくるのではないでしょうか。

それは、鍵山正和コーチのお身体です。

前述したように、鍵山正和コーチはお身体が悪く、鍵山優真選手が出場する試合でも遠方で開催される試合には帯同していません

全日本ジュニア選手権や全日本選手権でも鍵山正和コーチがリンクサイドに立っている様子や、キス・アンド・クライまで歩いていく様子が映っていましたが、SNS上では

「父の鍵山正和さんが杖をついていたのが気になった」

「左足を引きずっていたように見えた」

「左手を握りしめていた」

などのような心配する声が多く上がっていました。

鍵山正和コーチがこのように杖をつかないと歩けなくなってしまった原因が気になるところですが、残念ながらこの原因については鍵山正和コーチや鍵山優真選手から公表されていなく、事実はどうなのかわかっていません

ここからは推測になってしまいますが、鍵山正和コーチのお身体が悪くなってしまった原因について調べてみました。

鍵山正和コーチの様子を見てみると、左足や左手が麻痺してしまっているようで、そのことを踏まえると「脳梗塞」を経験したのではないかと予想できます。

脳梗塞は脳の血管が詰まってしまい、詰まった血管の反対側の血管の感覚が鈍くなってしまった結果、麻痺症状のように自由に身体を動かすことができなくなってしまうことがあります。

鍵山正和コーチの場合は、右側の脳の血管が詰まってしまい、一命は取り留めたものの左半身に麻痺症状が残ってしまったのかもしれないですね。

ただ、これはあくまで推測です。

脳梗塞でなくても、なんらかの病気や怪我で左半身が麻痺してしまうこともあると思いますので、ひとつの推測だと思ってください。

鍵山優真選手が今シーズンから国内でも海外でもいい成績を残して注目されてきていますので、今後テレビなどでも取り上げられる機会が多くなってくるでしょう。

その時にもしかしたらお父さんでありコーチでもある鍵山正和コーチについて、話が聞けるかもしれませんね。

鍵山優真のコーチは振付師に変わった?

鍵山優真選手が世界から注目されるきっかけとなったのが、2019年に行われたグランプリシリーズとジュニアグランプリファイナル、そして2020年1月に行われたユースオリンピックでしょう。

ジュニアグランプリファイナルではショートプログラムでのミスが響いてしまい、惜しくも表彰台にはあがれませんでしたが、ジュニアグランプリシリーズとユースオリンピックでの演技は圧巻でした。

この2試合ですが、鍵山優真選手に帯同していたのはお父さんである鍵山正和コーチではなく、女性のコーチでした。

しかしこれは前述のように、鍵山正和コーチのお身体が悪いため、代わりのコーチが付き添っているのです。

そのコーチが、佐藤操コーチです。

佐藤操コーチは、鍵山優真選手のプログラムの振付師でもあり、普段は鍵山優真選手と同じく横浜銀行アイスアリーナにてコーチをしていますので、半分コーチのようなものなのでしょう。

つまり、鍵山優真選手のコーチが振付師である佐藤操コーチに代わったのではなく、臨時のコーチとして帯同しているだけなのです。

鍵山優真の振付師は元アイスダンス選手?

以上のように、佐藤操コーチは鍵山優真選手のプログラムの振り付けやアシスタントコーチを務めていますが、佐藤操コーチ自身も元フィギュアスケート選手でした。

しかし、佐藤操コーチの場合、シングルの選手ではなくアイスダンスです。

詳細は明らかになっていませんが、1992年と1993年の全日本選手権ではアイスダンスのカテゴリーで2年連続2位に入っています。

現役を引退してからは、アイスダンスのコーチでありつつシングルの選手の振り付けをしたり、シングルの選手のコーチを務めたり、とその活動の幅を広げています。

個性的な振り付けや、細かい音まで拾った振り付けが人気で現在も全国各地のフィギュアスケート選手の振り付けを手掛けています。

今後も、振付師として活躍していくこと間違いなしのコーチです。

まとめ

  • 鍵山優真のコーチは、父親の鍵山正和コーチである。
  • 鍵山正和コーチは、全日本選手権3連覇、2度のオリンピック出場という素晴らしい経歴を持っている。
  • 鍵山正和コーチは左半身が麻痺されているようだが、その原因は公表されていない。
  • 鍵山優真はコーチを変えたのではなく、遠方での試合にはアシスタントコーチである佐藤操コーチが帯同しているだけである。
  • 佐藤操コーチは、元アイスダンスの選手である。